福岡地方裁判所 昭和32年(わ)871号 判決 1958年3月10日
被告人 原口勝
主文
被告人を懲役三年に処する。
但し、本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は昭和三十二年六月十五日夕刻仕事先から帰宅後入浴、散髪のため外出し、これをすませた帰途に午後十時頃自宅附近の飲食店「つたや」でその日の疲労を慰すため清酒約四合を飲み、相当酩酊して同十一時頃肩書自宅に帰宅し、直ちに自宅三畳の間に於て夕食をしようとしたが、何時もは用意されている筈の自己の配膳がなされていなかつたのに立腹しその場の茶腕等を投げ割つたりした揚句、これを止めに出て来た被告人の母原口ミナ(当時五十三年)に対し、「飯の用意ぐらいしておけ」と怒鳴り乍ら、手拳又は平手をもつて数回その頭部、顏面等を殴打したところ右打撃に基きその左側頭部に硬脳膜下血腫の傷害を発生させ、その結果同人をして右傷害による脳圧迫のため、翌六月十六日午後二時頃前記自宅に於て死亡するに至らしめたものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
法律に照らすと被告人の判示尊属傷害致死の所為は刑法第二百五条第二項に該当するので、犯情に鑑み所定刑中有期懲役刑を選択した上その刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処するが、被告人には前科なく平素の生活態度も職場においては勤務に熱心であり、家庭においてはやや短気な面もあつたが、父亡きあとよく家計を支え母に対しては常々相当に孝養をつくし三人の妹に対しても概してよく面倒をみてやつていたこと、本件犯行は主として判示の如く飲酒したため、酒気にかられて敢行されたもので、その暴行の程度もさして度をこえたものでもなく、母が相当の高血圧であつたことも、その死を招来したことに影響したこと、今後も妹達三人の生計と夫々の将来を見てやるべき責任があり、自己も又現在、婚約中であるうえその職場上においても被告人の前途に期待されるものがあること、等諸般の情状を考慮すると、刑の執行を猶予するのが相当と認められるので同法第二十五条第一項により本裁判確定の日から四年間、特に右刑の執行を猶予することとし、なお訴訟費用(証人井上徳治に支給した分)は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。
なお被告人は当公判廷で本件犯行につき当時非常に酩酊していたのでよく憶えない旨主張し、弁護人の証拠申請及び弁論等と綜合すれば、右は本件犯行当時心神喪失乃至は心神耗弱の状態にあつた旨の主張と解し得るが、前掲被告人の司法警察員及び検察官に対する供述調書、証人原口徹子、同詰瀬ツヨ子の各尋問調書、原口広恵、原口ツヤ子の司法警察員及び検察官に対する各供述調書等によるも被告人は平素から酒に強い方であり、本件当時は前判示の如く空腹のところへ四合位の酒を飲んで相当酩酊はしていたけれども未だその判断能力及び行動力に著しい減退を来していたものではなかつたと認められるので、これを以て当時被告人が酩酊の余心神喪失の状態にあつたことはもちろん、心神耗弱の状態にあつたものとも認めることはできないから、右被告人の主張はこれを採用できない。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 塚本富士男 山口定男 和田保)